デジタルアーカイブにおける著作権者不明資料(オーファンワークス)の取り扱い:法的課題と倫理的判断
デジタルアーカイブの構築と運営において、古い資料や未整理の資料を扱う際、しばしば著作権者の特定が困難な状況に直面します。このような資料は「著作権者不明資料」、あるいは「オーファンワークス(Orphan Works)」と呼ばれ、その取り扱いには法的・倫理的な複雑さが伴います。本稿では、デジタルアーカイブにおけるオーファンワークスの定義から、法的課題への対応、そして倫理的な公開判断に至るまでの実践的なアプローチを解説いたします。
オーファンワークスとは何か
オーファンワークスとは、著作権保護期間中の著作物であるにもかかわらず、著作権者を特定できない、あるいは特定できてもその所在が不明で連絡が取れない資料を指します。大学図書館や公文書館などが所蔵する古い写真、書籍、手稿、音源、映像などには、著作者や発行元に関する情報が不十分であったり、時間が経過することで連絡先が失われたりするケースが多く見られます。
デジタルアーカイブを通じてこれらの資料を広く一般に公開することは、文化財の保存と活用の観点から非常に有意義ですが、著作権者の許諾なしに利用することは著作権侵害のリスクを伴います。
デジタルアーカイブにおける法的課題と著作権処理の原則
著作権法では、著作物を複製したり、公衆送信(インターネット公開など)したりする際には、原則として著作権者の許諾が必要とされています。オーファンワークスの場合、この許諾を得ることができないため、デジタルアーカイブでの公開は法的な問題を引き起こす可能性があります。
この課題に対処するためには、以下の原則に基づいたアプローチが求められます。
1. 丹念な権利調査のプロセス
オーファンワークスであると判断する前に、まずは著作権者を見つけ出すための合理的な努力(diligent search)を行うことが極めて重要です。この調査プロセスは、後のリスク評価や法的な対応において、誠実さを示す証拠となります。
- 資料情報の徹底的な確認: 資料本体に記載されている著作者名、発行者名、印刷者名、出版年、著作権表示などを詳細に確認します。
- 既存データベースや文献情報の検索: 国立国会図書館の蔵書検索、著作権情報集中管理団体のデータベース、関連分野の専門書、研究論文、当時の名簿や年鑑などを参照します。
- インターネット検索: 著作者名や作品名でインターネット上の情報(関連するアーカイブ、学術機関のウェブサイト、ニュース記事など)を検索します。
- 専門家や関連団体への問い合わせ: 著作権に関する専門家(弁護士、著作権情報センターなど)や、関連する分野の学会、業界団体、同業者などに情報提供を依頼します。
- 調査記録の保管: どのような調査を、いつ、誰が、どのように行ったか、その結果はどうであったかを詳細に記録し、証拠として保管します。これにより、万一、後で著作権者が現れた場合にも、誠実な努力を尽くしたことを示すことができます。
2. 著作権法における例外規定の活用
日本において、オーファンワークスの利用を可能にする特別な制度として、著作権法第67条に基づく「著作権者不明等の場合における著作物の利用」に係る裁定制度があります。
- 制度の概要: 文化庁に申請し、相当な努力をしても著作権者と連絡が取れないと認められた場合、文化庁長官の裁定を受け、補償金を供託することで、その著作物を利用することができる制度です。
- 対象となる利用: デジタルアーカイブでのオンライン公開も裁定の対象となり得ます。
- 申請プロセス: 文化庁のウェブサイトで詳細なガイドラインが公開されており、申請書、著作物に関する情報、調査の経緯などを提出する必要があります。
- 留意点: 裁定は利用の範囲が限定されることがあり、また、著作権者が後日現れた場合には、供託された補償金が権利者に支払われることになります。この制度の利用は、デジタルアーカイブの運営者が単独で判断するのではなく、著作権専門家(弁護士など)と連携して慎重に進めることが推奨されます。
3. リスク評価と公開判断
上記の調査や制度活用を検討した上で、なお著作権者との連絡が取れない場合でも、全てのオーファンワークスの公開を断念する必要はありません。リスクを評価し、適切な公開戦略を立てることが重要です。
- リスクの軽減策:
- 限定的な公開: 公開範囲を学内ネットワークに限定する、特定の研究者のみにアクセスを許可するなど、利用者を制限する方法です。
- 非営利目的の利用: 営利を目的としない教育、研究、文化活動としての利用であることを明確にします。
- 「誠実な努力」の明示: 資料の公開ページに、著作権者不明であること、可能な限りの調査を行ったこと、情報提供を求めていることを明記します。
- 公開後の対応プロトコル: 著作権者が後日現れた場合に備え、連絡を受けた際の対応方針(謝意表明、資料公開の停止、補償金の支払い相談など)を事前に定めておくことが重要です。
倫理的考慮点とベストプラクティス
著作権の法的側面だけでなく、デジタルアーカイブにおけるオーファンワークスの取り扱いには、文化機関としての倫理的な責任も伴います。
1. 資料の利用目的の明確化
公開する資料が、文化や歴史の継承、学術研究の促進といった公益性の高い目的に資することを明確にします。単なる「コレクションの公開」に留まらず、その資料が社会にもたらす価値を考慮することが倫理的な判断の基礎となります。
2. 資料への注記と情報提供の呼びかけ
公開するオーファンワークスには、以下の情報を明記するべきです。
- 著作権者不明である旨の表示: 「本資料は、著作権者の特定が困難なため、著作権法第67条の規定に基づき、文化庁長官の裁定を得て公開しています(または、当機関の合理的努力により著作権者が不明と判断し、文化的公共利用の観点から公開しています)。」
- 著作権者または権利に関する情報提供の呼びかけ: 「もし本資料の著作権者、またはその情報をご存知の方がいらっしゃいましたら、[連絡先メールアドレスまたは電話番号]までご連絡ください。」
- 削除要請への対応方針: 「著作権者からの申し出があった場合、速やかに対応いたします。」
これにより、著作権者への配慮を示しつつ、情報流通による権利者発見の機会を創出します。
3. 権利者発見時の対応プロトコル
前述の通り、著作権者が現れた場合の対応方針を具体的に定めておく必要があります。
- 迅速な連絡: 権利者からの連絡があった場合、誠実かつ迅速に対応します。
- 権利関係の確認: 連絡者が正当な権利者であるかを確認します。
- 協議と合意形成: 継続的な公開の可否、利用条件、補償金などについて協議し、合意形成を目指します。必要に応じて、公開停止も選択肢となります。
4. 専門家との連携
デジタルアーカイブにおけるオーファンワークスの問題は複雑であり、法的な解釈や手続き、倫理的な判断には専門知識が不可欠です。
- 著作権専門家(弁護士、コンサルタント): 権利調査の助言、裁定制度の申請支援、リスク評価、契約交渉などにおいて、専門的な法的アドバイスを得ます。
- 学術機関や関連コミュニティ: 他のアーカイブ機関や研究者との情報交換を通じて、ベストプラクティスや共通の課題解決アプローチを共有することも有効です。
まとめ
デジタルアーカイブにおけるオーファンワークスの取り扱いは、法的な制約と、文化資料を後世に伝えるという使命との間で、常に慎重なバランスを求める作業です。単に公開を断念するのではなく、徹底した権利調査、著作権法に基づく制度の活用、そして何よりも資料に対する倫理的な配慮と透明性のある情報公開が求められます。
これらのプロセスを通じて、デジタルアーカイブは、過去の遺産を未来へとつなぐ重要な役割を果たすことができるでしょう。そのためには、継続的な情報収集と、関連する専門家との密な連携が不可欠であると心得ておくべきです。